冷蔵庫の中

[登場人物]

健介、朱美

クミン

レタス、カイワレ(野菜は女声役者が演じる)

たまご、牛乳、牛肉、マヨネーズ(男性役者が演じる)


暗転した舞台。

知床。

 

健介 今年もいい出来だなあ。
朱美 こっちも張りのあるいいのだって、農協の人が言ってたよ。
健介 そりゃあよかった。
朱美 よかった。
健介 あいつも東京でがんばってるんだな。
朱美 陽子かい?
健介 ちゃんと食ってるかなあ。
朱美 送ってあげればいいのに。
健介 送り方がわかんねえ。第一、途中で腐るだろ。
朱美 知らないんですか。クール宅急便っていうのがあるんですよ。
健介 はあー。高いだろうなあ。買ったほうが早いべ。
朱美

そうですか。

 

冷蔵庫の送風音。(コンプレッサーの駆動音が入ってもいい)
少しだけ明るくなる。

冷蔵庫の中。

クミン、レタス、カイワレ、たまご、牛乳、牛肉が居る。

 

たまご カイワレさん大丈夫ですか。
カイワレ はい。
たまご レタスさんは。
レタス 大丈夫です。
たまご 牛肉さん。
牛肉 まだ大丈夫。
たまご 牛乳さん。賞味期限確認しますよ。
牛乳 はい。(たまごに背中を向ける)
たまご あー、あと3日ですね。
牛乳 増えてないか。
たまご

あたりまえですよ。僕も見てくれます?

 

たまご、牛乳に頭を向ける。

 

牛乳 あと5日ですね。
たまご 増えてないですね。
牛乳 そうですね。
たまご (みんなに)そろそろ使ってもらわんと不安ですね。
レタス そうですね。
牛乳 陽子さん、どうやったら使ってくれるんだろう。
牛肉 料理を俺たちが考えてあげるっていうのは。
カイワレ いいねー。
牛乳

でも、どうやって伝える?

 

無力感。

 

クミン

あ、レバノン料理なんてどうかな。

 

沈黙。

みんなクミンを見る。

 

たまご 誰だお前。
クミン クミン。
たまご え?
牛肉 クミン?
牛乳 (駄洒落)
カイワレ (駄洒落)
レタス 胡椒っぽいビンだね。
クミン 胡椒じゃなくて、クミンです。
全員 (知らないなあ)
クミン 香辛料です。
牛肉 わかんねーよ。
レタス 香辛料って、冷蔵庫に入れるの?
カイワレ そういう香辛料ってあるのかな…
クミン レバノン料理に使われる…
牛乳

こいつは放っといて、どうやって陽子さんに 伝えるか…(考えましょう)。

 

冷蔵庫の駆動音。

 

全員 うわびっくりした。(特にクミンが騒ぐ。牛乳が落ち着かせる)
牛肉 これは慣れない。
レタス こわいよね。
カイワレ なんであんな音たてる必要あるんだろうね。
牛肉 あれはコンプレッサーの駆動音。 冷却をがんばろうとすると駆動するんだ。
クミン (コンプレッサーという名前に反応して興奮する)
たまご (クミンに)落ち着けよ。
牛乳 それよりも、使ってもらう方法を考えよう。 陽子さんが変わってから4日も経つんだ。
たまご そう。パッタリ料理をしなくなったんだ。
レタス でもどうして?
牛肉 それが分からない。外に行ったマヨネーズさんの情報を待たないと。
レタス

土曜日に陽子さんが泣いてたっていうのが、 なぜなのか分からないよ。

 

冷蔵庫が開く音。照明が明るくなる。
ドア側と冷蔵室側が引き離される。
マヨネーズが入ってくる。
ドア側と冷蔵庫側が近づく。

冷蔵庫が閉まる音。照明が暗くなる。

 

たまご

マヨネーズ兄さん!

 

マヨネーズはそれぞれに気さくに挨拶する。

レタスさんだけ、少し緊張する。

 

カイワレ で、陽子さんはどうだった?
マヨネーズ …男と別れたらしい。
全員 (唖然)
クミン あ、男がらみか。人生のスパイスだね!
マヨネーズ (無視して)今まで料理してた方が不思議だったんだ。
レタス そういえばソースさんが言ってた。 彼氏できるまではカップラーメンとコンビニ弁当が 消費されてたって。
牛肉 なんだよそれ。 陽子さん、彼氏に「料理に凝ってます☆」って言ってただろ。
レタス このままじゃ、みんな腐っちゃう。
牛乳 それは嫌だ!
牛肉 俺を調理してくれ! 陽子さん!
カイワレ 人類半分男ですよ!
レタス 料理は覚えていったほうがいいですよ!
クミン

陽子さん、みんなが呼んでますよ!

 

みんな、陽子さんを呼ぶ。

冷蔵庫の駆動音。

 

牛乳

うわびっくりした!

 

レタスは転げ落ちかける。

 

レタス あ、棚から落ちる!
マヨネーズ

レタスさん!

 

マヨネーズは駆け寄ろうとするが、間に合わない。
中身のバランスが悪かったらしい。

牛肉がすごいかっこよくなる。(特に演出はつけないが)

牛肉はトレイを挺して救う。

 

レタス あ、ありがとう。牛肉さん。
牛肉 レタスさん、無事ですか。
レタス ええ。
牛肉 よかった。 あなたに死なれたら僕のQOLが下がります。
牛乳 QOL?
たまご 急いでるOL?
クミン 国の名前だよ。
牛肉 Quality Of Lifeの略です。
牛乳 むずかしい言葉知ってるなあ。
たまご あれ? ということは、牛肉さん、レタスさんに惚れとんちゃうん!
牛肉 ち、ちげーよ!
カイワレ あ、惚れてないんだ。
牛肉 んなわけないだろ、惚れてるに決まってるだろ! あっ。
牛乳 (カイワレに)ナイス!
カイワレ まかしといて。
マヨネーズ おい、牛肉、お前まさか、付き合って…
牛肉 ああそうだよ! 言っちゃうよ! レタスさんにお願いしたんだ。 レタスさんに抱かれながら大往生したいって。
レタス 私も包んであげたくなっちゃって。それで。
マヨネーズ どうして。どうして俺じゃダメだったんだ。
レタス マヨネーズさんは私じゃなくてもいいんでしょ。 すぐに彼女できるわよ。
マヨネーズ ちくしょう。おれは八方美人なのがいけないって わかっていたのに。
たまご そんなことないですよ。みんな兄さんとは馬が合うから。
みんな そうそう。いい人。いい人。
マヨネーズ

ちくしょう! いい人どまりかよ!(泣く)

 

冷蔵庫の駆動音。

 

牛乳 うわびっくりした!
カイワレ あれ、何の話してたっけ。
レタス 陽子さんが彼氏と別れて、料理しなくなって。
牛乳 そう。腐ってしまうから、調理してもらわないと。
たまご マヨネーズ兄さん、何かいい知恵は無いですか。
マヨネーズ 放っておいてくれ。
たまご この人もうあかんな。陽子さんにはやく料理してもらわんと。 どないしよ。
牛乳 陽子さんは心優しい人なんだ。 俺たちが腐りかけてるのを見たら、必ず助けてくれる。
たまご じゃあ次にドアが開いたとき、元気の無い感じを伝えよう。
カイワレ 私はしおれた感じにしてみるわ。レタスさんも、いい?
レタス わかったわ。
牛肉 おれはベッチャリしてみる。
牛乳 がんばって異臭を放つよ。
クミン

じゃあ僕はパウダーになる。

 

扉が開く。
明るくなる。

同様の現象。

 

牛肉

いまだ!

 

思い思いの元気の無さを演じる。

 

マヨネーズが連れ去られる。

 

たまご

マヨネーズ兄さん!

 

扉が閉まる。暗くなる。

 

牛乳

伝わらなかった。

 

3日後。

 

たまご 牛乳さん。いちおう賞味期限を。
牛乳 はい。(たまごに背中を向ける)
たまご あー、今日ですね。
牛乳 増えてないか。
たまご あたりまえですよ。僕も見てくれます?(牛乳に頭を向ける)
牛乳 あと2日ですね。
たまご 増えてないですね。
牛乳 そうですね。
たまご カイワレさん、大丈夫ですか。
カイワレ 半分大根ね。
たまご レタスさん。
レタス なぜか糖度が上がった。
たまご 糖度ですか。甘くなって来たってことですか。
牛肉 ソースに近づいてるんだ。
たまご はあ。牛肉さんは大丈夫ですか。
牛肉

乾燥してきました。

 

クミンは出口を探し始める。

 

たまご マヨネーズ兄さんは。
マヨネーズ 賞味期限という意味だと大丈夫だけど、もうあと一回分。
たまご うわあ。陽子さんよく単体で吸いますからね。
牛乳 みんな、あと少しか…。どうにか使ってもらわないと。
牛肉 構造的に考えよう。 陽子さんは彼氏が居る間は料理していた。
たまご ごった煮でしたけどね。
牛肉 今は彼氏がいなくなったから料理しなくなった。
マヨネーズ そうだよ。だから何だよ。
牛肉 俺たちがやるべきことは、陽子さんに彼氏を作ること じゃないのか。
牛乳

どうやって。

 

無力感。

冷蔵庫の駆動音。

 

牛乳 うわびっくりした!
牛肉 もう終わりか、俺たち。
レタス 冷蔵庫の中でしおれるなんて、吉田さんが悲しむわ。
カイワレ 吉田さん?
レタス 農家の人。
カイワレ あ、作った人、ね。
牛肉 俺なんてしょせん、国産牛なんだ。
たまご いいじゃないですか。和牛でしょ。
牛肉 違うんだ。和牛っていうのはブランドのあるやつで、 国産牛はブランドの無い、安い肉なんだ。
たまご そうだったんですか。
牛肉 俺なんて、俺なんて、もう腐って捨てられるんだ。 うええええ。(泣く)
クミン

やあ、泣いてしまいましたね。

 

みんな牛肉を励ます。
でも牛肉は泣き続ける。

クミンはレバノン料理の説明をする。

 

マヨネーズ あーあー。 これだからインテリってやつはよ。 頭でっかちで根性が無いんだなあ。
牛肉 何だとこのやろう。
マヨネーズ レタスさん、こんな腐ったやつ放っておいて、俺と和えられませんか。
牛肉 まだ腐ってねえ。
マヨネーズ なんだよ。もう腐って捨てられるんだろ。
牛肉 ふざけんな。俺はレタスさんのためなら、1年でも、 千年でも賞味期限内でいてやる! 北海道牛肉をナメんじゃねえ!
マヨネーズ ふっ。だったら最初から弱音なんて吐いてんじゃねえよ。
牛肉 何い? お前なんて、いますぐ使われて、ゴミ箱に行け!
マヨネーズ

ああ、それが俺の存在意義だ。ただ、単体で吸われるのは心残りだがな。

 

扉が開く。

 

たまご マヨネーズ兄さん、まさか。
マヨネーズ あばよ!
たまご

マヨネーズ兄さん!

 

クミンが連れ去られる。クミンは歓喜の叫び。

扉が閉まる。

 

みんな ……
マヨネーズ あれ?
たまご マヨネーズ兄さん。
牛肉 おい。
マヨネーズ な、なんだよ。
牛肉 おかえり。
たまご まだいっしょに居られてよかった。マヨネーズ兄さん。
マヨネーズ ぜんぜん締まらない兄貴でごめんな。
たまご それは兄さんのせいじゃないよ。 陽子さんがナナメに蓋を閉めたから、ネジ山が合わないんだ。
マヨネーズ それもそうか! あっはっは。
たまご あっはっは。
カイワレ どうしてたまごさんは、マヨネーズさんのことを兄さんって呼ぶの?
牛肉 たまごさん、酢さん、油さんがコラボするとマヨネーズさんになるんだ。
カイワレ そうか。だから兄弟。
牛肉 俺にも兄弟はいたんだぜ。妹がいたんだ。
牛乳 妹さんか。
牛肉 変な虫がつかないようにがんばったんだが、ハエがすごいついてな。 今頃どうしてるんだか。
牛乳 牛肉さん、北海道の出身だったよな。俺もなんだ。知床だ。
牛肉 知床…! まさか、吉田さんとこじゃないよな。
牛乳 吉田さんとこだよ。吉田健介さんの…、まさか、おまえ。
牛肉 お前が絞られたのは、モー美じゃないだろうな。
牛乳 まさか…モー太郎兄ちゃん!?
牛肉 モー美!
レタス 牛肉さん。
牛肉 どうした。青い顔をして。
レタス 吉田健介さん、って。知床って。
牛肉 レタスさん…!
カイワレ まさか、レタスさんも兄弟…
マヨネーズ !! 兄弟は結婚できないんだ! レタスさん、俺と、
たまご

それは人間の話ですよ。関係ないと思いますよ。俺らには。

 

扉が開く。
クミンが入ってくる。
扉が閉まる。

あまり暗くならない。

 

クミン ただいま。
牛乳 ってか何でお前冷蔵庫に入ってくんの?
クミン 僕だって常温がいいんだよ。 でも、陽子さんは知らないものはぜんぶ冷蔵庫なんだ。
牛乳 マイナーだからなんだよ。
クミン レバノン料理には欠かせない…
みんな

(口々に)それはもういい!

 

冷蔵庫の警告音。(駆動音ではない)

 

牛乳 うわびっくりした!
たまご この音…!
レタス あ、少し開いてる!
マヨネーズ とうとう来たか。開けっ放し警告音だ。
牛乳 陽子さん! 気づいて!
みんな 陽子さん!
マヨネーズ 警告音は3分で止まる。それまでに気づかれなかったら。
クミン あたたかい。
みんな (口々に)うっせえ! 黙ってろ!
牛肉 みんな、できるだけ密集して、体温の上昇を防ぐんだ。
牛乳 そんなことしても、永くは持たないだろう。
レタス しおしお。
マヨネーズ レタスさん!
レタス どんどん糖度が上がってる。私も分解されてるわ。
カイワレ ニョキッ!
たまご カイワレさん。
カイワレ 私、成長している。
たまご えっ。
カイワレ 私、大根に…!
牛乳 とろっ。もろっ。
たまご 牛乳さん?
牛乳 とろっ。もろっ。 ヨーグルトになってきてるんだ。 とろっ。もろっ。
牛肉 アミノ酸! アミノ酸!
たまご 何があったんですか。
牛肉 アミノ酸が増えてきた。 たんぱく質が分解されてきたんだ。
レタス 陽子さん、どうして私たちを買ってきたの。
カイワレ 食べられないなら、買ってこないで。
牛乳 食べられないなら、生産するなよ。
たまご 僕らは、廃棄されるんか。
牛肉 (グラフを取り出す)みんな、このグラフを見てくれ。 ある試算では、この国は輸入食材のおよそ1/3を廃棄している。
マヨネーズ なんだって? ちくしょう。人を食った話だ。
レタス しおしお。
カイワレ ニョキッ。ニョキッ。
牛乳 とろっ。もろっ。
牛肉 アミノ酸、アミノ酸。
クミン クミンです、クミンです。
たまご

ここまでか…!

 

扉が開く。

牛乳が連れ去られる。

 

牛乳 うわっ。
たまご 牛乳さん!
牛乳 とうとう廃棄か。
たまご 牛乳さん!
牛乳 せめて、飲まれたかった。使われたかった。
たまご

牛乳さん!

 

クミンとたまごを除くすべてが連れ去られる。

 

たまご みんな…! みんな捨てられるんか。
クミン ドナドナドーナードーナー。
たまご

うるせえよ…

 

たまごが連れ去られる。
扉が閉められる。
暗くなる。(暗転ではない)
以降、舞台にはクミンだけ。

クミン以外のセリフは場外から発せられる。

 

たまご みんな、お疲れさん!
マヨネーズ とうとうか。あっけないな。
牛肉 熟成と腐敗の狭間で捨てられるのか。
カイワレ …あれ? ゴミ箱に誰か行った?
レタス たぶん、誰も…。
牛乳 うわっ。皿に盛られた。
たまご えっ。
牛肉 うわ俺も。牛乳さんと同じ皿に。
カイワレ 私も。
レタス 私も。
マヨネーズ ぶちまけられた。
たまご どういうことや。
陽子

さあラッキー。ごはんですよ。

 

犬の吠え声。

 

みんな ああ、そういうことか! 陽子さんじゃなく、犬に。
牛乳 それはそれで、アリでしたね。
カイワレ 陽子さんに食べられるものとばかり思ってた。
レタス 彼氏を作るとか言ってたけど、こういう選択肢もあったのね。
牛肉 しまった…。まだまだ目的志向が足りないな。俺も。
マヨネーズ まあいいだろ。結果オーライだ。
たまご おおっ。俺も割られた。
牛乳

おっ。たまごさん、前菜っぽく単品ですね。

 

犬の吠え声。

 

たまご ほなみんな、お先! お疲れっした!
みんな

よい消化を。

 

犬の食事音。

 

牛乳 おおっ。こっちも食べられてる。
カイワレ おおっ。食べられてる。
レタス 犬って雑食だもんね。
牛肉 あ、でもやっぱ肉の方が好きっぽい。おおっ。
カイワレ おおっ。
レタス ああっ。
牛乳 食欲あるな。おおっ。
マヨネーズ

おおっ。

 

犬の食事音。そして静かになる。クミンは戸惑っている。

冷蔵庫の駆動音。しばらくして、扉が開く。みんな入ってくる。

 

牛乳 ようやく冷蔵庫だ。蒸し暑かった。
牛肉 うわ、旧式の冷蔵庫だな。
レタス カイワレさん、みずみずしいね。
カイワレ レタスさんだって。
マヨネーズ そうですね。
たまご たまご用の皿、汚いなあ。
クミン おかえり。
みんな

はじめまして。

 

みんなでワイワイしながら終劇。
レバノン人が彼氏になりそうだということが分かればなおよい。

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