春眠(睡眠薬)


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春眠(睡眠薬)
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[配役]

研究者

助手

研究者の妻

取り立て人


明転。研究者と助手が駆け込んでくる。  
   
研究者 見つかったか。
助手 ありません、博士。いったいどこに置いたのか…
研究者 昨日完成した、超目覚め薬「春の嵐」。
助手 飲むと、途端にすごい目が覚める、激辛カラシ味の目覚め薬。いったいどこに。
研究者 無いものは仕方ない。作り直そう。あと2時間あればいけるだろう。
助手 あの岡島製薬のお客様、異常に時間に厳しいですよね。
研究者 そうだな。5分待たせたら、きっと買ってくれない。
そうすれば借金も返せない。うちの貧乏研究所は、もう取り潰しだな。
ぜったいに、あの客を、待たせてはいけない。
助手 そして、完成品を渡す期限は、(時計を見て)あと1分後です。
   
研究者はポケットから、わさびチューブを2本取り出す。  
   
助手 それは、失敗作!
研究者 ああ。辛さを増強しようと半分ふざけてわさびを入れたら、
辛いまま効能がまったく逆になってしまったこの2本の薬。
助手 飲むと途端に寝てしまう激辛ワサビ味の睡眠薬。
研究者 「春眠」とでも名付けよう。この1本を客に渡して、2時間引き止めるぞ。
助手 引き止めるって、どうやって。
研究者 眠らせる。
助手 (ワサビチューブを見て)このワサビで眠らせるんですね。これで寝るんですね。
研究者 ワサビに見えるが、これは睡眠薬「春眠」だ。
助手 (戦慄して)眠らせている間に、作りなおした激辛カラシ味目覚め薬「春の嵐」とすり替えるんですね。
研究者 ああ。まずはお客様を眠らせるぞ。
   
暗転。明転。  
客が時計を神経質そうに見ながら座っている。応接室である。  
   
遅い。
研究者 (出てきて)お待たせしました。
遅いじゃないですか。
研究者 え、時間ぴったりじゃ。
30秒遅刻です。
研究者 きびしいなあ。
私が1秒迷ったせいで結婚に失敗したことは言ったでしょう!
(興奮して)私は1秒たりとも…!
研究者 すみません。
(ため息)で、「春の嵐」は。
研究者 (一瞬迷うが、出す)これです。
ありがとうございます。はっは。激辛ということで、ねりわさびのチューブなんですね。
(研究者を見て)だいぶお疲れのようですね。
研究者 もう徹夜続きで。
では、これちょっと飲んでいただけませんか?
研究者 え?
この薬を使う絶好の機会かなと。
研究者 確かにそうなんですけど…本物なら…
すぐ目が覚めるんでしょう。私も効果が見たい。
研究者 すぐ眠っちゃうんだよな…その、これは、私には効かないんです。
効かない人も居ると?
研究者 いや、その、私は薬アレルギーなんです。
ええ!
研究者 薬の研究をしていたら、薬があると発狂する体になってしまったんです。
え…ということは…(持っているチューブを研究者にかざす)
研究者 うきょー! うきょー!
本当だ。
   
出すふりをして出さない、しまうふりをしてしまわないという、お決まりのやりとり。  
   
研究者 わかっていただけましたか。
大変なんですね。
研究者 たいへんです。
それはお大事に…。では代金をお支払しましょう。
研究者 ありがたいことですが、お支払いただいたら、帰られますよね。
ええ、まあ。
研究者 では受け取りません。
では無料でいいんですか。
研究者 いけません。
ではお受け取りください。
研究者 だめです。帰ってはいけない。
なぜですか。
研究者 その……そうだ! お茶なんかどうですか。あと2時間ぐらい。
そんなにゆっくりできませんよ。
研究者 (すごい気迫で)一杯だけでいいですから。
…わかりましたよ。早くしてくださいね。
   
研究者は、ハケにブロックサインを送る。  
   
助手 (出てきて)それ何ですか。
研究者 サイン決めただろう! お客様にお茶だよ!(小声で)春眠を入れて眠らせるんだよ!
助手 分かりませんよ(ハケる)
なぜブロックサインなんですか。
研究者 ああ、彼は日本語があまり分からないので。
しゃべってたようですが。
研究者 ソレナンデスカ、と、ワカリマセンヨしか言えないんですよ。
はあ。(時計を見て)時間がないな…
あの、薬の報告書を書いていいですか。
研究者 2時間ぐらいかかります?
いや、3分もかかりませんよ…。
研究者 それは残念。
薬、出してもいいですか。
研究者 どうぞ。
…では。(取り出す)
研究者
アレルギーは。
研究者 (気づいて)うきょー! うきょー!
だから言ったじゃないですか。
研究者 離れています。うきょー!(ハケる)
   
客は報告書を書く。  
助手がお茶を持って出てきて、ねりわさびを湯呑に入れ、混ぜる。  
匂いを嗅いで、顔をしかめる。  
   
助手 お茶です。どうぞ。
…日本語…(不思議そうに助手を見る)
助手 はい?
   
研究者があわててハケからブロックサインを出し続ける。  
   
助手 それなんですか。(研究者の方にハケる)
それは言えるんだよね。
   
研究者と助手が、ハケからこっそりのぞいている。  
   
助手 なんか不思議そうにされましたよ。
研究者 お前はソレナンデスカとワカリマセンヨしかしゃべれないキャラということになったんだ。
助手 ええ。
研究者 (客を見ながら)早く飲んで寝てしまえ…
助手 これ、やってることは睡眠薬強盗といっしょですよね。
研究者 取るわけじゃない。すり替えるだけだ。2時間後にな。
助手 なんでこんなことに。
研究者 ろくに家にも帰らずに作った成果だ。なんとしても成功させる。
助手 私はまだいいですけど、博士は新婚さんですもんねえ。
   
客は報告書を終えて、春眠をしまい、見回す。  
   
終わりましたよ。
研究者 (出てきて)どうぞお茶を。
私猫舌でして、しばらく冷ましてから。…ああでも時間がない、帰らないと。
研究者 すぐ冷まします。(助手に)…おい!(ブロックサインしながら)お茶を、冷ませ。
助手 (お茶を冷ます)ふー、ふー。
えー!
研究者 彼は故郷が貧乏でね。パンも買えずに、レンガを食べていたほどで。
出稼ぎで、少しでも稼ごうと必死なんです。
助手 (冷ましながら)ソレナンデスカ。
分かりましたよ…。(飲む)うわ辛い!
研究者 やった!
何がですか。ああ、なんて辛いお茶だ。
(時計を見て)長居してしまった。急がねば…。(立ち上がり、すぐ机の上に寝る)
助手 やっちゃいましたねえ。
研究者 とりあえず成功。これで2時間、何事もなく過ぎてくれればいいんだが。
助手 何か飲み物持ってきましょうか。(退場)
   
妻が入場。おしとやかな感じである。  
   
あなた。
研究者 ええ! どうしてここに!?
いつになったら帰ってくるの。
研究者 もうすぐ終わるんだよ。
いっつもそれ。 新婚なんだから、やっと掴んだ幸せなんだから。(引っ張って帰ろうとする)
研究者 (客を指して)この人、お客様なんだ。この人が帰ったら俺も帰るよ。
寝てるじゃない。起こして帰ってもらいましょう。
研究者 起きないんだよ…
寝耳に水という言葉があります。きっとびっくりして起きるでしょう。
研究者 なるほど、耳に実際に水をかけると。はっはっはおもしろい冗談だ。
   
助手がペットボトルを持って入場。  
   
助手 博士、水です。
研究者 なんて間の悪い奴だ!
貸しなさい。(助手からペットボトルを奪い取る)
助手 ええ! なんで奥さん!
   
妻は水を客の耳に注ぐ。  
   
うわあ! びっくりした!
助手 水かけると起きるのか。
さ、早く帰って頂戴。私は夫を連れて帰らないといけませんの。
はっ。俺は、どうして寝ていたんだ…すぐ帰ります。ああ、眠い。
研究者 (閃いて)さきほど渡した薬、飲まれたらどうですか。
え?
研究者 たちどころに目が覚めますよ。激辛ですし。
いいアイデアです。(薬を出す)…あ、ごめんなさい。
研究者 何がですか。
アレルギー…
研究者 (気づいて)うきょー! うきょー!
あなた、どうしたの?
研究者 (うきょー! しか言えず、説明できない)
すみません、すぐにしまいますから。
研究者 (しまわれたら困るので、「飲んで」といいながら客にすがりつく)
(助手に)この人どうしちゃったの?
助手 (客を意識して、しゃべれない制約があることに気が付く。どうしようもなく、ブロックサインする)
ええっ!
   
狂ってブロックサインする研究者、半泣きでブロックサインする助手。奇っ怪な空間。  
   
これはコミュニケーションなの。
(妻の顔を認識し)あれ?
どうしました?
蛇魅羅さん? 蛇魅羅さんじゃないですか!
…(総毛立つ)あなた! 奥で新婚らしいことをしましょう!
研究者 うきょー!
   
妻は研究者をひきずって退場。  
   
蛇魅羅さん…新婚、って、結婚したのか? ああ、君、蛇魅羅さんは・・
助手 …(わかりませんというマイム)
あ、ブロックサインなら分かるのか?
   
客はブロックサインをする。  
   
(ブロックサイン)蛇魅羅さんは、旦那に、ヤンキーだったことを、言ってるんですか。
助手 えっ、ヤンキーなんですか。
…日本語、分かるんですか。
助手 ああ!  (春眠を飲む) 辛い、眠い、辛い、眠い…
ちょっと、君。
助手 (寝ている)
なぜ寝ているんだ! ああもう。時間がないのに…。蛇魅羅さん!
(ねりわさびをテーブルに置いて、ハケる)
   
舞台上には助手がひとりで寝ている。  
取立人が現れる。取立人は助手を起こそうとする。  
   
取立人 オラあ、金返さんかい!
   
助手は寝ている。  
取立人は助手を揺さぶる。  
   
取立人 起きない。
   
研究者が登場。  
   
研究者 ふう、ようやく撒いた。
取立人 おい!
研究者 はい、どちらさまでしょうか。
取立人 借金の取り立てだ。
研究者 とうとう来たか…! はじめまして。
取立人 博士はどこだ。お前か?
研究者 そうか。初対面…。(取立人に)博士は…(助手を指して)彼です!
取立人 そうか。…なんで寝てるんだ。
研究者 さあ。
取立人 起こせ。
研究者 (突然)ところで、辛いもの、お好きですか。
取立人 ああ? なんだいきなり。
研究者 わさびなんかは。
取立人 (あからさまに恐れて)やめろ。私はわさびアレルギーなんだ。
研究者 え…?
取立人 食わず嫌いなんだ。わさびがあると発狂してしまう。
研究者 …好き嫌いはいけません。(開ける)
取立人 やめろ! うきょー! うきょー!
研究者 さあ。わさびを克服してください。(無力な取立人に食べさせようとする)
(入って)いったいどこに…
研究者 (気づいて)うきょー! うきょー!
ああ、なんだこの空間。これ、持っていきます!(研究者のわさびを持って、去る)
取立人 ふう、ふざけやがって。
研究者 (机の上のもう一本を取って開ける)じつはもう一本。
取立人 うきょー。
研究者 さあ。好き嫌いはいけませんよ。(食わせる)
取立人 辛い…! なんだ、食ってみると、たいしたことないな。ありがとう。克服でき(寝る)
研究者 ふう、うまくいった。
(入場して)あなた!
研究者 見つかった!
…(取立人を指して)この方は。
研究者 借金の取り立てだ。わが研究所も、いよいよ土壇場だ。
いいじゃない、もう投げ出しちゃえば。
研究者 馬鹿言うなよ。
まじめよ。仕事以外のこと、できてないでしょ。
研究者 仕事も、俺たちの生活のためだよ。
…とにかく、帰りましょう。全然、新婚らしいこともしてないじゃない。
研究者 だから今は…。そうだ、じゃあ、新婚らしいこと、するか。いまここで。
えっ。
研究者 (隠れて春眠を口に含み、妻にキスしようとする)
ちょっと、こんなところで。
(入場して)あ、何してるんですか!
研究者 うぐぐ…(飲み込む、寝る)
あなた、どうしたの!?
(わさびを机の上に置いて)…蛇魅羅さん。
(研究者が寝ているのを確認して)…なんだい。
結婚したんですね。おめでとうございます。
…ああ。
元ヤンキーだってこと、言ってないんですね。
軽蔑するかい。
いえ。でも、隠してていいんですか。
私があなたの夫なら…。すみません。過去のことですね。
そうだな。お前が、モタモタしてたからだよ。…旦那を起こして、帰るよ。(水を研究者の耳に注ぐ)
研究者 うお、おれは一体何を。
帰りましょう。
研究者 おまえそんな力強かったっけ!?
(手を伸ばし、ねりわさびを取る。去り際に助手の耳に水をかける)…あとは、頼んだ!
   
妻と研究者は退場。  
   
助手 はっ。ここは。うう、眠い…(ブロックサイン)
日本語、分かるんでしょう。
助手 …はい。
どうして、しゃべれないと言ってたのですか。
助手 私は、ときどき日本語を忘れるんです。
大変ですね。
助手 よく信じるな…
取立人 (うなる)
助手 この人は?
さあ? 起こしましょう。(水をかける)
取立人 はっ。うう、眠い…。(助手に)そうだ、金返せ!
助手 え?
それは博士に言え!
取立人 わかってるよ! さっさと借金を返せ!
だから、博士に言え! こいつはときどき日本語がわからないんだ!
   
研究者が妻を背負って入場。  
   
研究者 ふう、やれやれ。
助手 博士! 借金取りが僕を博士だと…
研究者 日本語! おまえ、日本語!
助手 もうばっちり思い出しました!
研究者 なんだそりゃ。
よかったな!
助手 あれ、奥さんは…?
研究者 ああ、眠らせてだまらせた。
助手 新婚とは思えない。
取立人 (助手に)おい、博士!
研・助 (同時に)はい!
(取立人に)だから博士に言えと言ってるだろう!
取立人 (無視して、助手に)金を返してもらおうか。
研究者 (助手に)しばらく持ちこたえろ。春眠入りのお茶を持ってくる。
助手 恨みますよ…!
   
研究者は退場。  
   
蛇魅羅さん、どうして寝ているんだ…起きてください。(水をかける)
うわあびっくりした!
取立人 グダグダやってねえで、とっとと返さねえか! いい加減にしねえと、この部屋のもん、かたっぱしからぶっこわすぞ!
(すごく低い声で、取立人をにらんで)うるせえよチンピラ。
取立人 ああ? なんだお前?
蛇魅羅さん! ?(うれしそう)
取立人 蛇魅羅…! ? おまえ、まさかあの暴走族「蛇魅羅」ヘッドの…!
アタイも有名になったもんだね。
取立人 ああ? カタギになめられてたまるか。
黙れ。ケツの穴から腕突っ込んで奥歯ガタガタいわすぞ。
研究者 (登場して)どうぞお茶をお持ちしました。
きゃっ。あなた、怖いわ。
研究者 ああ、怖かったんだね。(取立人に)お茶はいかがでしょう。
取立人 …蛇魅羅はなんで急に…ははーん。
研究者 なんでしょう。
取立人 (研究者に)奥さん、おしとやかですねえ。
研究者 そうでしょう。出会った頃から控えめな奴で。
取立人 ああ、そういうキャラづくりね。
キャラ作りってなんのこと?
研究者 わからないねえ。
取立人 オラぁ! 金返さんかい! 金を返さねえと、この研究所は、差し押さえだ!(助手を締め上げる)
研究者 ああ…どうしよう。
あの、薬の代金をお支払いすれば、返せるとかは。
研究者 返せますが…そうするとあなたは帰りますよね。
それは、まあ。
研究者 …もう終わりだ。観念して、すべてお話しします。
彼はこんな顔をしていますが生粋の日本人です。ブロックサインは別に意味はありません。
また、博士は彼ではなく、私です。
さらに、私は薬アレルギーではなく、うきょー、と狂ったりもしません。
これらはすべて、まだ激辛カラシ味目覚め薬「春の嵐」ができていないことをごまかすために、私がついた嘘です。
できてないって、じゃあこれは…激辛カラシ味目覚め薬「春の嵐」ではないと。
(ねりわさびチューブを出す)。
助手 激辛ワサビ味睡眠薬「春眠」です。
たしかにこれはねりわさびのチューブだ…
研究者 ねりからしのチューブ、いえ、「春の嵐」は、あと二時間あればできるんですが。
それは契約違反です。いくら蛇魅羅さんの旦那さんでもね。
研究者 じゃみら、とは…?
取立人 じゃあ、金は払えないってことだな。今から、この研究所は差し押さえだ。
助手 (妻に)奥さん、あの借金取りを黙らせることはできないんですか。
でも…(研究者を気にする)
助手 博士、すみません。(わさびチューブを研究者の口に押し込む)
研究者 辛い、眠い、辛い、眠い…! (寝る)
助手 今のうちにあいつを締め上げてください!
おいチンピラ、命が惜しければ、黙って二時間待つことだな。
お前、蛇魅羅配下800人がだまってねえぞ
取立人 起きろ! (研究者に水をかける)
研究者 (起きる)はっ。
いやん、もうっ。
蛇魅羅さん?
助手 寝ててください! (わさびチューブを研究者の口に押し込む)
研究者 辛い、眠い、辛い、眠い…! (寝る)
おいチンピラ…
800人が…
取立人 起きろ! (研究者に水をかける)
研究者 (起きる)はっ。
いやん、もうっ。
助手 (焦って、カラシチューブを懐から取り出し、研究者の口に押し込む)寝ててください!
研究者 辛い…でも眠くない。
助手 なんで! (辛子チューブを研究者の口に押し込む)
研究者 辛い…! けど、別に眠くない。
助手 (カラシチューブを机の下に落とす)まさか、耐性ができたのか!
取立人 よく分からんが、この男は眠らないみたいだな。さあ、差し押さえを…
蛇魅羅さん!
   
全員、客を振り向く。  
   
見損ないましたよ、蛇魅羅さん。何も恐れず、先頭を走り続けたあなたが、なんですか、その情けなさは。
そんなの、俺の好きな蛇魅羅さんじゃないっすよ!
研究者 ええと、話が見えないんですけど。
蛇魅羅さんは、俺が居た暴走族「蛇魅羅」のヘッドなんだよ!
研究者 ええっ! そんな、俺の妻に限って…
バレちゃあしょうがねえ。これで終わりだな。(涙目で)さよなら。
研究者 おい、待てよ。
わたし、おしとやかなんかじゃないの。わたし、っていうより、アタイ、なの!
研究者 そんな…
私の中にはヤンキーの血が眠っているの。わたし、っていうより、アタイ、なの!
研究者 どういうこだわりだ。
元気でな。もう会うこともないだろう。
研究者 そんな、どうして黙ってたんだ。
言えるわけないだろ。アンタはおしとやかな女が好きで、アタイはどうしようもなくて
でも、アタイは、やっぱり、アタイだ。アタイは、アタイにしかなれないし、アタイは、アタイのために、アタイによる・・・
研究者 もういい!
よくないよ。アタイだよ?パツキンになるよ?バイク買うよ?特攻服着るよ?
研究者 かまわない!俺はお前に居て欲しい…。
パツキンでも、バイクでも、特攻服でもいいんだ。
そのままの、お前に、そばにいてほしいんだ。
…アタイっていうのは。
研究者 かっこよくていいんじゃないか。
(安心して)それ早く言ってよ。
助手 そこがこだわりポイントだったんですね。
めでたしめでたし、と行きたいところですがまだ「春の嵐」がありません。
取立人 そうだ。金は返してもらわねえと。
研究者 …薬はあと2時間かかるんです。
ビジネスですから。厳しいようですが。もう待つことはできません。
取立人 さあ、金を。
お前、なんとかならないのか
だめです。いくら蛇魅羅さんでも
研究者 終わりだ…
助手 (意を決して)「春の嵐」はあります。
研究者 どういうことだ?
助手 本当は、「春の嵐」は昨日できていました。
研究者 そうだったな。でも、どこに置いたのかわからなくなって…
助手 私が持ってるんです。盗んだんです。
…先にどこかで公表すれば、莫大なお金になるって。
研究者 なぜ…そんなこと…
助手 私の故郷はとても貧しくて、パンも買えないような家族で。
パンの代わりにレンガを食べて暮らしていました。
研究者 本当にそうだったんだ。
助手 すみませんでした…(泣く)。
研究者 いいんだ。言ってくれれば。さあ、渡してさしあげて。
(客に)では、激辛目覚め薬「春の嵐」です。どうぞ。
たしかに受け取りました。
研究者 (取立人に)お金のめどはつきました。
取立人 …わかったよ
めでたし、めでたしですか。(突然ふらついて)なんか、眠くなって来ました。
   
研究者以外は、口々に「眠い」と言う。  
   
研究者 そうか。みんな「春眠」を飲んだから…。
この「春の嵐」使ってみましょう。
研究者 そうですね。みんな、スプーン出して。
これ、どうしてカラシ味なの。
研究者 いや、辛い方が目覚めるかなと。(言いながらみんなのスプーンに盛る)
助手 もっと辛くしようと思ってワサビ入れたら、まさか効果が逆になるなんてね。
カラシ味の目覚め薬と、ワサビ味の睡眠薬ですか。
研究者 では食べましょう。どうぞ。
   
全員、食べる。チャイコフスキー「Sleeping Beauty Waltz」。  
   
研究者 いやー、この激辛カラシ味…ん
これ、わさびじゃない?
まさか…!(全員、テーブル上のカラシを見る)
研究者 (カラシを取って)…こっちが春の嵐だ!
助手 さっき間違えて、博士に食べさせてしまったんだ。
取立人 だからさっき博士は寝なかったのか。
ということは、今のんだのは…
全員 春眠だー!
   
全員、寝る。終劇。