路線変更

 

(大学の新歓公演用に「アイドルのデビュー前夜のドタバタ」というお題と役者人数をいただいて、執筆させていただいた作品です。)

 

【登場人物】

  • 女1・女2・女3:メジャーデビュー前夜のアイドル。
  • 男1:プロデューサー

明転、女123が立っている。
 
女1 明日は、私たち「トリプルアクセル※」のメジャーデビューライブ。
※3人を想起させるユニット名であれば何でもいい
女3 とうとう、きたね。
女2 気合入れていこう。
女1 うん。
 
女1、手を差し出して。女2、重ねる。女3は、最後に手を重ねる(が触れていない)
 
女1 いくよ。せーの! ○○19歳!
女2 ▲▲18歳!
女3 ■■17歳!
※名前は自由に。
女1 コンセプトは「わかりやすいアイドル」!
女2 アイドル界のトップを目指して!
全員 トリプルアクセル行くぞー、おー!!
 
男1が駆け込んでくる
 
男1 大変だー!
女3 プロデューサー!
男1 大変だ。(息を整えてから)明日のデビューライブ中止の危機だ!
女1 えええ!
女2 どういうことですか?
男1 トリプルアクセルのコンセプト、「わかりやすいアイドル」なんだが・・・
女1 はあ、
男1 かぶった。
女3 かぶった?
男1 明日、隣のホールでデビューするアイドルユニット「ダブルサルコウ」とまったく同じなんだ。「わかりやすいアイドル」。昨日急に決まったらしい。
女2 なんで、そんなことが
男1 ライバルプロダクションの横やりだ。
女3 汚いなあ
女2 なんとかならないんですか?
男1 正直難しい。向こうに路線変更させるってことだろ……いや(考え込む)そうか
女1 どうしたんですか?
男1 こっちが路線変更すればいいのか。
女3 いやいやいや、ちょっと
女2 無理ですよ。明日ですよ?
男1 いや、正直、「わかりやすいアイドル」ってのもどうかと思ってたんだ。逆に、若干わかりにくい。
女3 いまさら?
女2 でもそれは、昔3人で決めて・・・
男1 いやわかるよ? 今は、いろんなコンセプトのアイドルが乱立している。
  「和服アイドル」、「ツンデレアイドル」、「北欧の妖精のようなアイドル」、「魚釣りアイドル」、「婚活アイドル」まで。
女1 だからこそ私たちは、「わかりやすいアイドル」で、って。
男1 うん。そのことに意義はある。それに、3人で決めたことを大切にする君らの気持ちも、よくわかる。
女2 じゃあいいじゃないですか。
男1 でも、かぶったら、ダメだろ。
女3 まあ、それは、確かに・・・
 
静かな空間。
 
女1 いやです。
女2 同じくいやです。3人で決めたんだもん
女3 ・・・
男1 それでトップを目指せるのか?
女1 いや、それは・・・ええと・・
女2 でも。仮に、仮にですよ、コンセプトを変えて路線変更するとして、何かあるんですか?
男1 (何かアイデアがありそうなドヤ顔を見せつけてから)・・・ない!
女3 ないのか
男1 ▲▲なんかある?
女2 え? 私?
男1 この際なんでもいいぞ。なんでも。最近気になるものとか
女2 えー、じゃあ、燻製
女3 いえばいいってもんじゃないよね?
男1 あー、ありあり。
燻製大好き、いぶし銀アイドル!
ライブのスモークは全部桜チップ!
んーいい香り。
女2 ふざけてます?
男1 うん
女2 ちょっと
男1 だって、もうお手上げなんだもーん
女3 投げやりか
 
女1 あの、そういうのでいいなら・・・
女3 いや、よくないよ?
女1 私、甲冑が好きなんです
女3 かっちゅう・・・?
女2 ああ、甲冑って戦国時代の武将の?
甲冑アイドル・・・?
男1 甲冑で何をしろと・・・?
女3 なんかこの空間にでっかいハテナが浮かんでるよ?
女1 よくないですか?  甲冑。
私好きなんですよ、黒漆塗六十二間小星兜とか(うっとり)。引いてます?
男1 いやま、うん、正直ちょっと引いたけど、ま、戦国武将をテーマにした、甲冑アイドルってことか。
うーん・・・いけるな!
女3 どこが?
男1 ・・・ちょっと、調整してみる。
女3 なにを?
男1 まず、甲冑を調達できるかだな・・・
(電話しながら、かっこよく)私だ。
(突然低姿勢に)あ、すみません。
  急ぎで甲冑を2台、用意できます?
あ、あるなら、ありったけ持ってきてください。
 
男1、出ていく。
 
女1 どうしよう・・・甲冑は、1領(りょう)、2領って数えるのに。
女3 つっこむとこそこ?
女1 確かに甲冑は好きだけど、それに路線変更はどうなのかな・・・
女3 じゃなんでいったの?
 
男1、駆け込んで
 
男1 大変だー!
女2 わ、なんですか!
男1 甲冑アイドルが、明日、池袋のライブハウスでデビューするらしいぞ!
女全員 えー!
男1 事務所から電話があって、いまアイドル界が大変なことになってるらしい。
  まず、明日高知の劇場で、燻製アイドルがデビューする。
女2 いたんだ!
男1 だが、とんでもないことに、大阪の劇場で、同じく燻製アイドルがデビューすることになってたらしい。
女2 それかぶります?
男1 それが、高知とかぶったんで、大阪は急遽「たまごかけごはん大好き」アイドルに路線変更したんだ。
女3 なにそれどういうこと
男1 ところが、池袋では
女1 たまごかけごはん大好きアイドルがデビューする予定だったので、甲冑アイドルに
女2 玉突き事故か!
 
男1 もうどうすりゃいいんだ。
女2 あの、プロデューサー、私たちやっぱり・・・もとのコンセプトが
男1 あ、組み合わせは、どうだ。
女2 いや、あのそうじゃなくて
男1 たまごかけごはん大好き・甲冑・婚活アイドル
女1 私婚活してません!
女3 つっこむとこ、そこ?
男1 よし、ちょっと調整してみる。
女2 何を?
女3 どうやって?
男1 急遽ですまない。お前たちは、ちょっと練習しててくれ。
 
男1、出ていく。
 
女1 なんの?
女2 たまごかけごはん大好き・甲冑・婚活アイドル・・・の練習じゃない?
一応やってみよう。
女12 とろとろとろー、がっしゃーん、結婚してください!(一応やってみる)
女3 (少し客観視して)デビュー前夜のアイドルがこんな・・・
女2 うん、やっぱり「わかりやすいアイドル」でいこう
女1 だよね!
 
男1、駆け込んで
 
男1 大変だー!
女2 今度はどうしたんですか!
男1 またかぶった!
女3 うそお!
男1 どうやら、タイのバンコクでは「ツンデレ・トムヤムクン大好きアイドル」のコンセプトでデビューするアイドルがいるらしい。
女12 ええっ
女3 世界レベルの話なの・・・!
男1 そのあおりをうけて、ベトナムのハノイでは、ツンドラ
女2 ダジャレじゃないですか!
 
男1 もう無理だ・・・どうすればいいんだよ
女2 あの、プロデューサー
男1 だいたいなあ、たまごかけごはん大好き甲冑婚活アイドルって、なんだ?
女3 それ自分でいったやつ!!
男1 だいたい、甲冑も届いてないのに!!!
女1 え、発注したんですか?
女2 喜ばないの
女1 はい
 
男1 ひどい玉突きだな。
あ、いっそのこと、玉突きアイドルでどうだ?
女1 え?
男1 ○○ちょっとやってみてくれ。
女1 ええ! 私がですか?
  ええと、(ビリヤードのショットのマイムをしてから)よしっ。
  いやー、決まりましたね、私のブレイブショット(アイドルらしいポーズ)
 
明らかに全然よくない。静かな空間
 
男1 いややっぱりいいや
女1 なんでやらせたんですか! はずかしい・・・(うずくまる)
女2 あと、ブレイブショットじゃなくて、ブレイクショットだよ
女3 とどめ刺した!
女1 もう死にたい・・・!
 
男1 冗談はさておき、
女1 冗談でやらせたんですか!
男1 もういいよ、玉突きアイドルで。適当に頼むよ。
女1 いやですよ!  泣きますよ!?
女2 あの、さっき話してたんですけど。
やっぱり、コンセプトそのままじゃダメでしょうか。
女1 ■■と3人で決めたコンセプトで行きたいんです。もう、いないけど・・・
 
男1 (2人の顔を見て)ふむ。
これは、見せるか迷ったんだが・・・
  実は、■■が亡くなる前に、病院で書いた手紙を預かっている。(内ポケットから出す)
女12 え・・・!
男1 読むぞ。
 
ピアノ曲がかかる。
 
男1 「○○ちゃん、▲▲ちゃん、デビューおめでとう。この手紙を見ているということは、私は、もういないってことだね。一緒にデビューできなくて、ごめんね。でも、本当にうれしいです。2人でがんばって、トップを目指してください。

  追伸、プロデューサーさんは、本当に頼もしい人です。特に、コンセプトや路線の話は、プロデューサーさんの右に出る人はいません。プロデューサーさんの意見をよく聞きながら、ライブを成功させてくださいね。
 
音楽止まる。静かな空間。
 
女3 いや、書いてない、書いてない。
私、そんなこと書いてないから。
 
男1 「私は、本当にプロデューサーさんを信頼していました。これから、大変なこともあるかもしれません。路線変更も必要かもしれない。でも、プロデューサーさんを信じて、突き進んでください。
がんばれ!応援してるから!」
 
女3 書いてないから!   だまされないで!
女1 ■■ちゃん・・・(泣く)
女3 メッチャダマサレテルゥー
女2 分かったよ。やるよ。玉突きアイドル。
女3 うそお!
女1 (女2とだきあって、泣きながら)■■の分の玉突きもやろうね!
女3 いらない、全然いらない。というか、私の分の玉突きってどういう意味。
男1 ・・・決まったな。
女3 決めたよ・・・この嘘つき男。
男1 じゃあ、俺は、急いで玉突きの調整をしてくる。
女3 なんの??? ねえ、プロデューサー、さっきから、なんの調整をしてるの???
 
男1、出ていくと同時に、すぐ帰ってきて。
 
男1 大変だーーー!
女1 かぶってたんですね!
男1 詳しいことはもう省く!かぶってた!
女2 わかりました! どうしましょう?  もう何やってもかぶる気がしますが!
男1 もういいよ、なんでも。
どうせ何やってもかぶる!!!
飲みいこう、もう。
あ、酔っ払いアイドルってどう?
女1 未成年ですから
男1 あーあ、■■は付き合ってくれたのに
女1 ■■ちゃんも未成年ですけど?
男1 ん?
女3 あ、ちょっとプロデューサー
男1 あれ? 知らなかった?
女3 だめー!!!
男1 27歳だよ、■■は。
女12 えー!!!
女3 墓場まで隠しとおしたのに・・・
男1 え、あれ?  知らなかった?
女1 まさか、そんな
男1 あ、ああ、そうなの。君らにも隠してたのね。あーええと、じゃあ17歳だよ、うーん、ほら、永遠の?
女3 つらい!
女2 はあ、永遠の

男1 で、どうするよ、コンセプト。もう自分たちで決めていいぞ。

女1 やっぱり、もとのままで。
最初の気持ちを大切にしたいんです。
  3人でアイドル目指すって決めたときの気持ちを。
女2 私も同じです。「分かりやすいアイドル」でお願いします。
男1 ふむ。まあ、〇〇には「玉突きアイドル」は無理そうだしな。
女1 やめてください。泣きますよ、大声で
男1 ま、王道をいくってことか。(2人を見て)でも、その道は、つらいぞ。がんばれよ。じゃあ、ちょっと電話してくる。
 
男1出ていく。
 
女1 よかったね。
女2 うん。
 
男1、出たと同時に
 
男1 大変だー!
女1 どうしました!  もう路線変更しませんよ!
男1 かぶって・・・ない!
女全員 え?
男1 さっき隣に偵察にいったらな、「わかりやすいアイドルというコンセプトで集客しておいて、実は燻製アイドルだったというコンセプト詐欺アイドル」というコンセプトらしい。
女1 それはコンセプトでなくもはや詐欺です。
女2 どういう経緯があれば、これに落ち着くの
女3 もういいよ気にしないほうが
男1 じゃあ、明日は頼む。
女12 はい!
男1 いいか、これは、ゴールじゃなくてスタートだからな。
  大学と同じだ。ゴールは入学じゃない。
お前らは、これから悩むはずだ。「こんな仕事に意味があるのかな」とか「このままでいいのかな」とかな。
大学に入って、「線形代数なんて意味があるのかな」とか「単位取れなかったけどこのままでいいのかな」と悩むのと一緒だ。
※適宜、学校あるあるネタに変えて
女3 大学の話いる?
男1 でも、最初の気持ちを忘れるな。「アイドルになりたい!」って気持ちだけは、忘れるな。
女12 ・・・はい。
男1 そしたら、いろんな悩みは、放っておけば、時間が解決してくれる!
女3 ・・・よく考えると何もいいこといってない!
男1 まあ、がんばれ。
・・・実はな、■■からデビューしたら渡してくれと頼まれた手紙があるんだ。
 
女1、手紙を受け取って、
 
女1 さっきの手紙はなんだったんですか?
男1 俺の創作だ。
女2 さらっと信用失うこと言いましたね。
男1 アイドルが金を稼いでくれるなら、汚いことだってなんだってする!
女1 はあ・・・
女2 すがすがしいほど、最低なことを言い切りましたね
男1 じゃあ、明日、よろしく。お疲れ
女12 おつかれさまでした!
 
男1、出ていく。
 
女1 どうする?
女2 読もう。
 
音楽(さっきと同じもの)
 
女2 (手紙を読み上げる)「○○ちゃん、▲▲ちゃん、デビューおめでとう。この手紙を見ているということは、デビューライブのときには、私は、もういないってことだね。

女3 (続く)
「でも、二人のデビュー、本当にうれしいです。
  本当は、3人で、ステージに立ちたかったけど、ごめんなさい。それはできなさそうです。

  「わかりやすいアイドル」っていうコンセプト、とても素敵です。お客さんに愛される2人の姿が、目に浮かびます。がんばって、トップを目指してください。

これからは、2人のアイドルとして、輝いてください。ずっと応援してます。

最後のお願いをさせてください。
2人のデビューライブ、私も一緒にいて、いいかな。一回だけでいいから、一緒におどって、一緒に歌わせてください。一緒に、ライブ楽しもうね。」

女1 ■■ちゃん・・・ もちろんだよ

女2 「■■、17歳」
女3 ギャーー!!!
台無しすぎる!!!
死にたい・・・!!!(うずくまる)
もう死んでる・・!!!
 
女12、顔を見合わせて
 
女1 ま、まあ、永遠の17歳ってことで
女3 (手で顔をおおって)痛々しい!

女2 ねえ、■■、もうきてるのかな・・・
女1 うん、きてるよ
女3 もう帰りたい・・・
女2 私、霊感あるんだよね。こっちかな?(女3とは逆の方向) こっちだね?
女3 霊感ないなー
女2 がんばろうね。(手を広げる)
女3 こっちこっち
女1 がんばるからねーー!!!!!!
女3 うるさっ!!!
ここにいるから!
 
女1、手を差し出す。女2、重ねる。
3人目の場所を空ける。
 
女3 え? あ・・・
 
女3、おずおずと立ち上がり、手を重ねる。
手が触れる。女12がはっとする。
音楽が止まる。
 
女1 揃ったね。
いくよ。せーの! ●●19歳!
女2 ▲▲18歳!
女3 ね、それもうやめよ?

女12 ■■・・・(迷って)永遠の17歳!!!
女3 やめてー!!!!(うずくまる)
 
女1 コンセプトはわかりやすいアイドル!
女2 アイドル界のトップを目指して!
女12 トリプルアクセル、行くぞー、おー!!
 
元気な音楽、音量大きく入る。
女12は、意気込みが顔に現れている。
へたりこんだままの女3。
男1が駆け込んでくる。
 
男1 大変だあーーーー!!!!
(音楽止まる)

女12 次はなんですか!
男1 (息を整えて)甲冑が届いた・・・300台も!!!
女全員 ええーーー!!

男1 ありったけくれ、なんて言ったから・・・。どうすんだ、この請求書。
なあ・・・やっぱ路線変更しない?
女全員 しません!
 
暗転。

【上演にあたって】

 

・この芝居全編をとおして、女1、女2、男1は、女3のセリフに反応しないルールを徹底する必要があります。