寡黙なスナイパー


[登場人物]

男1 超A級スナイパー
男2 宝石会社の社長
男3 部下
女1 山岡婦人
男4 ダイヤカット職人


字幕 「ステファニー・ジェムズ社 会長室」
   
男3 会長。鑑定結果が出ました。
男2 そうか。どうなんだ、山岡のダイヤは。
男3 残念ながら、山岡ケミカルのダイヤは天然物とまったく遜色ありません。
男2 何ということだ。このままでは我が社は破滅だ・・・!何としてでも、ダイヤが市場に出るのを阻止しなければ・・・
男3 会長、ここは、あの男に懸けてみては。
男2 あの男、とは?
男3 年齢、国籍、本名全てが謎に包まれた超A級スナイパー。通称、ゴメス17(セブンティーン)
男2 ゴメス・・・名前は聞いたことがあるぞ。依頼を忠実に実行する、冷血な精密機械。
男3 私が連絡を取ります。彼なら必ず・・・
   
字幕 「困難な依頼」
   
男1が佇んでいる。鋭い目つきである。
男1はほとんどしゃべらない。代わりに(括弧)の中の言葉を表情で表現する。
車が止まる音がし、男2、男3が現れる
   
男3 すまない。待たせたな。
男1 ・・・。
男2 仕方がない。事故で渋滞していたんだ。ああ、そうだ、申し遅れたな。私はステファニー・ジェムズの会長、ジョン・ステファニー二世
男1 要件を聞こうか・・・
男2 おっと、長話は無用か。さすがプロフェッショナルだ。
男3 ターゲットは、これだ・・・(写真を取り出す)
   
猫を抱いた女1が現れる。
   
男1 この婦人か。
男3 いや、婦人ではなく、この猫の首輪に付いている、ダイヤモンドを打ち砕いて欲しい。
男1 ダイヤは最も固い物質だ。それを砕くのか。
男2 そうだ。だからこそ、君に依頼したのだ。
男1 ・・・。
男2 そのダイヤは、山岡ケミカルが開発した高品質人工ダイヤの種石だ。その種石から生成したダイヤの品質は天然ものと遜色ない。それが市場に氾濫すればダイヤ市場は壊滅する!山岡ケミカルに二度と人工ダイヤを開発させない心理的ダメージを与えるため、ダイヤを粉砕して欲しい・・!
男1 ・・・。
男3 そうだ、報酬の話をしていなかったな。報酬は前金で100万ドル。
男1 (100万ドル!)
男3 ・・さらに、成功報酬として500万ドルだ。
男1 (500万ドル!!)
男2 ・・その顔であれば、引き受けてくれるな。何、ダイヤの独占から得られる富に比べたら微々たるものだ。
男1 ・・承知した。
男3 よし、約束の前金、100万ドルだ。(アタッシュケースを渡し、中を見せる)
男1 (100万ドルだ!)・・確かに。
男3 期限は一週間だ。山岡が製品発表会をする前にやってくれ。
男1 ・・要件は以上か。では立ち去れ。俺は背後を見せるのが嫌いだ。
男2 わかった。では、頼んだぞ。
男1 ・・・。
   
字幕 「ロンドン旧市街 ワリニコフ宝石店」
   
男1 ・・・これをくれ。
男4 お客さん、お目が高い。そいつは70カラット。5年に一度入るか入らないかの逸品ですぜ。値段もそれなりにしますがね。
男1 これで不足か?(アタッシュケースを出す)
男4 ・・旦那、これだけありゃ十分ですぜ。で、どうカットいたしましょうか。
男1 頼みがある、こいつを、ノミで打ち砕いて欲しい。
男4 なに!?
男1 最も固い物質と言われるダイヤモンドでも、ある一点に力を加えると、容易く破壊されるという。その一点を見極めにきた。
男4 ダイヤが砕けるところを見たいか・・・。はっは、面白い。
男1 一発で仕留められるのは、この道40年のあんたしかいない。
男4 気に入った。このワリニコフが職人の意地にかけて見せてやろう。100万ドルのダイヤがくずダイヤになるところをな。あんたの言う通り、ダイヤの結晶にも、脆い点がひとつある。その一点に打撃を加えると、(ハンマーを振り上げる)
男1 (ああっ!もったいない!)
男4 ・・?いいのか、本当にやるぞ。
男1 やってくれ。
男4 分かるか、その一点はここだ。瞬きするんじゃねえぞ。
男1 (カッ!)
男4 ・・素直だな。その一点に全ての力を集中させる!はっ!(ダイヤが砕ける)
男1 (ワーオ!)
男4 ・・はっはっは。見たか、こんなこと一生に二度とねえぜ。
男1 ・・すべて理解した。感謝する。
男4 そうか、俺が40年かけて習得したことをこの一瞬で。あんたは俺の一番弟子だ。
男1 (ほんとに?ありがとう!)
男4 やっぱり素直だな。
男1 ・・・。(後ずさりして去る)
男4 ・・あんたは一体、何者なんだ?
   
字幕 「東京 西麻布交差点付近」
   
双眼鏡でビルの屋上を見る見る男2、男3
   
男3 ここならばっちり見えますね。
男2 しかし、本当に奴は信用できるのか?何か、思ってたのと違ったぞ。
男3 確かに、あんなに分かりやすく顔に出る男が冷血な暗殺者とは・・しかし、狙撃の腕は一流のはず。やってくれますよ。
男2 こっちは100万ドル払ってるんだ。やってもらわねば困る。
男3 あ、来ました。ゴメスです。
   
男1が銃を持って現れ、狙撃体制をとる。
   
男2 あの位置から、山岡のマンションまで1キロはあるぞ。その上、猫の首輪に付いた3センチのダイヤを狙うなんて、まさに神業だな。
男3 山岡婦人は、毎朝決まった時間に、バルコニーで愛猫チャトランと戯れます。理由はわかりませんが・・そこが絶好のチャンスです。
男2 例え狙えたとして・・ダイヤを割ることができるのか?
男3 ゴメスならやれるでしょう。見てください、あの鋭い目つきを。これが仕事人の顔です。
男2 常にあの顔なら信用できるのだが・・ん、更に厳しい目つきになったぞ。
男3 山岡婦人です・・!
   
女1が猫を抱いて現れる。
   
男2 猫もいるな。・・・戯れている。
男3 ・・結構動きますね。大丈夫でしょうか。
男1 (かわいい〜、たまらん!)
男2 ああっ!あいつにやけてるぞ!
男3 本当だ!何て警戒心のない顔だ!
男2 猫がかわいいからって・・やはり奴には無理か。
男1 (いかんいかん、仕事しなきゃ!)
男3 あ、また鋭い目つきに。
男2 何なんだ。さっさとやってくれ。
   
女1が猫を置いてハケる
   
男3 あ、婦人が猫を置いてどこかへ行きました。これは、チャンスです!
男2 よし、決めてくれよ・・・。
男1 ・・・。(引き金を引こうとする)
   
女1が遺影を持って再登場する。
   
男3 ああ、戻ってきてしまった。
男2 あれは、遺影か?
男3 焼け野原から山岡ケミカルを一代で築き上げた、先代の遺影でしょうか。こうして毎朝、眼下に広がる東京を見せてあげてるんですかね。こんな景色を見られるのも、お父さんのお陰だって・・
男2 おいおい、そんな感動的な姿見せられたら
男1 (泣ける話じゃねえか〜!)
男2 ほら泣いた!
男1 (ちっくしょう〜!涙が止まらねえぜ!) 
男3 銃置いちゃったし。
   
女1がハーモニカを取り出し、吹く(音は出さない)
   
男2 何かハーモニカ吹き始めたよ。
男3 父親が好きだったブルースでしょうか・・・。楽しそうだ。
男2 毎朝何やってんだよ。
   
男1がオカリナを取り出し、吹く。目にはまだ涙。
   
男2 おい!アンサーしてんじゃねえよ!何でそんなもん持ってんだ!
男3 ・・お互い聞こえてないのに、何だこのグルーヴ感は。
男2 駄目だ、完全に仕事人の顔じゃない。
   
女1が演奏をやめる。男1もやめる。満足そう。
   
男2 終わりましたかな。題名の無い音楽会は。
   
女1が猫を抱いて去ろうとする。
   
男2 あーあ、もう帰っちゃうぞ。
男1 (いかん!仕事だった!)
男3 あ、目つきが鋭くなった!やるのか?
   
女1がこける。(勢いで猫をハケに投げる)
   
男1 (あーっはっは!)
男2 こけただけで爆笑するな!女子高生か!
   
男1が一瞬にして銃を構え直し、引き金を引く。銃声。
   
男23 あっ!!
   
女1が慌てて猫を取りに行く。
   
男2 猫は、生きてる・・・
   
女1が首輪のダイヤに手を触れると、粉々に崩れる
女1は青ざめてへたり込む。
   
男3 ダイヤが・・粉々に!
男2 やった!やったぞ!さすがはゴメスだ!まさに超人!
男1 (どやね〜ん!!)
男2 ・・どやねーん・・
男3 やはり、あの男に頼んで正解でしたね。
男2 そうだな。一時はどうなるかと・・ん?こっちを見てる気がする。
男3 まさか・・・
男1 ・・・。
男2 やっぱり見てるぞ。
男3 ・・・会長。とても重要なことを思い出しました。ゴメスとの契約にはこうありました。契約の履行を明確にするため日時は教えるが、仕事をするところを、許可無く見てはいけないと。全てを秘密にするのが彼のやり方だと・・・
男2 君、そんなに重要なことを、どうして忘れるかな?
   
男1が素早く銃を構える。
暗転。2発の銃声。

ダウンロード
darui010_01_kamoku.pdf
PDFファイル 262.0 KB